ピケ帽伝説 #005

ピケ帽を愛用した映画監督に、小津安二郎がいます。

小津安二郎といえば、『東京物語』でしょうか。
『東京物語』の後に撮ったのが、『早春』。『秋刀魚の味』が遺作となりました。

小津安二郎は器用な人で、1962年12月12日に世を去っています。
12月12日と数字を揃えて。
しかもちょうど60年前の、12月12日に生まれているのです。
きっかり60歳の人生でありました。

今、『東京物語』といえば、古くて退屈、という感じを持つ人がいるかも知れません。が、日本の小津安二郎は、世界での再評価が高まっています。
特にフランスのパリでは小津映画がよく上映されて、人気となっています。
小津映画こそ、故き佳き時代の日本文化だ、というわけです。

小津安二郎が尊敬した人物が、志賀直哉。
小津は若い頃から志賀直哉の愛読者で、心底感嘆した。
ある時、偶然、試写会場でのエレベーターで一緒になって、小津は志賀に最敬礼したという話が遺っています。

志賀直哉が「ベンソン」の懐中時計を持っていると聞いて、さっそくベンソンを手に入れています。
ベンソンは、昔の英国の時計師の名前。
ジェイムズ・ウイリアムス・ベンソンの作った懐中時計の銘柄。

これひとつとってもいかに小津が、志賀直哉に心酔していたかが分かるでしょう。
と同時に、小津は身に着けるものすべて、一流品でした。
昔の銀座に「マツムラ」という超高級洋品店があった。しばしばここにも足を運んでいます。

小津安二郎が愛用したもののひとつに、ピケ帽があるのは有名でしょう。

小津安二郎が季節に関係なく撮影現場でピケ帽を被るようになったは、戦後のこと。
戦前にはソフトやハンチングでした。

小津のピケ帽は注文品で、いくつも持っていた。
少し汚れてくると、自宅で自分で洗ったそうです。

このくらい大切に扱ったからこそ、よく似合ったのかも知れませんが。