ベレ・ルージュの伝説 #057

「突然あらわれて、ほとんど名人である。」

こんな風に褒められて嬉しくない人はいないでしょう。
褒めたのは、山本夏彦。
褒められたのは、向田邦子。

もし、人を褒めるなら、こんな風に褒めたものです。
もし、人に褒められるなら、こんな風に褒められたものです。
褒め言葉の見本例であります。

向田邦子は最初、ラジオの脚本家でした。
森繁の『重役読本』。
この台本を書いたのが、向田邦子。
この『重役読本」が、美事だったのです。
それからTVの脚本を書くようになって。
たとえば、『阿修羅のごとく』とか。
瞬く間に、人気脚本家に。

そこからさらに、随筆を、小説を。
向田邦子が随筆に手を染めはじめた頃、山本夏彦は言った。

「突然あらわれて、ほとんど名人である。」

山本夏彦はもちろん手練れの、名手。
この時には山本夏彦、向田邦子と一面識もなかった。
でも、褒めた。
人はふつう心の中で思っても、褒めない。
まして山本夏彦の言葉はあまりにも影響が大きい。
広い意味で、同業者でも。
なおさら、人は人を褒めない。

でも、山本夏彦は向田邦子を褒めた。
「突然あらわれて、ほとんど名人である。」と。

この山本夏彦の褒める姿勢も、立派。
そして、向田邦子の随筆も、立派だったのです。
それは自然体で、ほんとうの「奥」のことを書いたからです。

若い頃の向田邦子は、編集者でした。

編集者のかたわら、自分の帽子を作った。
夏の帽子を作った。
同僚の、女性編集者の帽子まで、作った。

向田邦子は実は、とてもおしゃれで、着るものにはお金をかけるほうだったのです。

向田邦子のTVドラマに、『幸福』があります。
この中に「赤いベレー帽」が出てきます。
還暦の祝いに赤いちゃんちゃんこではなく、「赤いベレー帽」を贈る話。

赤いベレー帽は、英語でいえば、レッド・ベレー。
フランス語でいえば、「ベレ・ルージュ」。

ベレーは老若男女に向く不思議な帽子です。

男にも似合い、女にも似合う。
被らない時には、ポケットにもバッグにも入れておける。

還暦の人にはベレー帽を贈りましょう。

「はい、これはベレ・ルージュですよ」と。