サヴォア・ハットの物語 #056

昔むかし、フランスに「タイユヴァン」という名の料理人がいたという。

今もレストランの名前にも遺っていますが、もちろん人名のタイユヴァンと関係しているのです。
それほどに偉大なシェフだったわけです。

ただし、「タイユヴァン」は通称で、ほんとうはギョーム・ティレルという名前だったそうです。
ギョーム・ティレルことタイユヴァンは、1310年頃に生まれたと考えられています。
北フランスの、ノルマンディーで。
世を去ったのは、1395年頃のようです。

タイユヴァンは若くして料理の達人で、王室からも注目されて、当時の国王の食事を作ったのだそうです。
また、タイユヴァンが高く評価されるひとつの理由に、料理本を編んだことが挙げられます。
中世の料理界は、すべて口伝で、料理本らしい料理本は多くはありませんでした。
親方の真似を弟子がすることで、料理法が伝えられたのです。
ところがタイユヴァンは『ヴィアンディエ』を書くことで、広く、皆に伝えようとした。
『ヴィアンディエ』は、「食物譜」の意味であったそうです。

いずれにしても、タイユヴァンがフランスの歴史に遺る料理人であるのは間違いありません。

では、現代の「タイユヴァン」は誰か。
これについては多くの意見があることでしょう。
しかし、あえてひとりだけ探すなら、マルク・ヴェラでしょう。

マルク・ヴェラはレストランの名前であり、シェフの名前でもあります。
フランス、オート・サヴォアの、アヌシー湖を見下ろす高台に「マルク・ヴェラ」は建っています。
ここではもっとも先端的な、まるでマジックを観ているような料理が出てきます。
現代フランスの、料理の天才と謳われるのが、マルク・ヴェラ。

マルク・ヴェラは、オート・サヴォアの、ナンシーに生まれています。
1950年のこと。
若い頃には羊飼いの仕事もしたという。
それだけにマルク・ヴェラは今なお、オート・サヴォアに深い愛着を抱いています。

料理人はたいてい白いコック帽をかぶります。
が、マルク・ヴェラは、黒い、鐔広の帽子を被る。
それがマルク・ヴェラのトレードマークでもあるのです。

マルク・ヴェラ愛用の帽子はちょっとガウチョ・ハットにも似ています。
ただしクラウン上には、浅いセンター・クリースがあしらわれるのです。

かなりユニイクな帽子。

それは、昔からの、オート・サヴォアでの、民族帽なのです。
たとえば、バスク地方にベレーがあるように。

今、「サヴォア・ハット」と命名して、再現すれば、人気が高まる帽子だと思うのですが。