ホワイト・ボウラーの物語 #062

その昔、長谷川海太郎は、グリーン・ダービーを愛用したという話があります。

「ダービー」はアメリカ風の言いまわしで、イギリスで言うところの「ボウラー」。
つまりは山高帽のことです。
イギリスの「ボウラー」がアメリカに行くと「ダービー」になるわけです。

長谷川海太郎のことですから、1920年代のことになります。
長谷川海太郎は、1920年に船でアメリカに渡っています。
長谷川海太郎は、本名。

筆名は三つあって、林 不忘、牧 逸馬、谷 譲次。
林 不忘の名前で書いた小説が、『丹下左膳』なのです。
この三つのペンネームを駆使して、書きに書いてベストセラー作家になった人物。
それが、長谷川海太郎なのです。

長谷川海太郎はアメリカでの滞在中、グリーン・ダービーを被った。
これは流行人士という意味であったのです。

今も、アメリカ、ハリウッドに「ブラウン・ダービー」というレストランがあります。
これももともとは、「洒落者」の意味があったのです。
つまり、ブラウンのダービーを被って競馬場に行くような男の意味。
だからこそ、「ブラウン・ダービー」が粋な名前になるわけです。

ボウラーはブラックが基本とされます。
が、時と場合によって、様ざまな色違いで遊ぶこともできるわけです。

私自身が今ぜひ被ってみたいのが、「ホワイト・ボウラー」。

白いボウラー。
もちろんハット・バンドも、白で。
ブリムの縁取りも、白で。

それというのも、ホワイト・フランネルのスーツを着た時に、合わせてみたいのです。
ホワイト・オン・ホワイトの着こなし。

もしホワイト・ボウラーに欠点があるとするなら、汚れが目立ちやすいことかも知れません。
そこで、「洗える」帽子を発明してみようではありませんか。

白いフェルト自体は洗えるわけですから、「発明」は不可能ではないと思います。