アステア・ハットの伝説 #067

とてもおしゃれだっとひとりに、アステアがいます。
フレッド・アステア。

フレッド・アステアはもともとダンスの名手。
とにかく物心ついた時には、もう舞台に出て踊っていたのですから、年季が入っています。

お姉さんの名前が、アデール。
1920年代まではアデールと一緒に組んで、踊ったものです。
その後は、ジンジャー・ロジャーズなどとのコンビがよく知られています。

1957年の映画『パリの恋人』では、オードリー・ヘップバーンとも踊っています。
ヘップバーンは、「あの、伝説のアステア」と踊るのかと思って緊張したという。
そういえばヘップバーンももともとはバレリーナ出身でもありますから。

1923年にはアステアは、ロンドン公演にも行っています。
このロンドン公演が好評だったので、その後も何度かロンドンに足を運んでいます。

このロンドン公演の時。
ジョージという若者がアステアの付き人となってくれた。
ジョージは25歳くらいで、典型的なロンドンっ子だった。

ある日、アステアが楽屋の鏡に向かうと、「アット・イア」 AT ERE と書いてある。

アステアは何ことやら分からない。
で、ジョージに訊いた。

「ジョージ、これは何の暗号だい?」。

ジョージは「アット・イア、アット・イア」を繰り返すばかり。
最後の最後になって、やっと分かった。

「ハット・ヒア」 hat here 。

「帽子はここですよ」の意味だったのです。

ロンドンの下町言葉ではよく「H」の音が省略される。
いわゆる「コックニー」です。
コックニー風にしゃべるなら、ハット・ヒアが「アット・イア」に。
でも、その発音通りに書いたので、アメリカ人のアステアには理解不能だったのでしょう。

アステアはロンドン滞在中、たくさんアットではなくハットを買っています。

それもグレイのソフト帽がお好きだったようです。