メッセージ・ハットの物語 #070

世の中には、「名科白」というのがあります。

「君のひとみに乾杯」。

これは、映画『カサブランカ』のなかで、ハンフリー・ボガートが、イングリッド・バーグマンに対しての科白。

あるいは、また。

「タフでなければ、生きていけない。優しくなければ、生きてゆく値打ちがない。」

これは私立探偵、フィリップ・マーロウの科白。
この名科白を、どんな風に日本語に置き換えるのか。
今もって研究が続いているんだそうですが。

フィリップ・マーロウは、レイモンド・チャンドラーが生み出したヒーロー。
そのレイモンド・チャンドラーが唯一、尊敬し続けたのが、ダシール・ハメット。
年齢はチャンドラーのほうが上ですが、ハードボイルド作家としては、ハメットのほうが先輩だったので。

ダシール・ハメットと、レイモンド・チャンドラーは、たった一度だけ、会っています。
1930年代の、ロサンゼルスで。
ハードボイルド作家が十人ほど集まって、とあるレストランで食事したのです。

チャンドラーは緊張のあまり、ハメットとはひと言の言葉が交わせなかったそうですが。
チャンドラーもまさかその時が、最初で最後になるとは、思っていなかったのでしょう。
そのレストランでの食事が終わって、皆で、寄せ書きをした。
レストランのテーブルクロスに。
そのテーブルクロスの寄せ書きは、今でもどこかに保管されているのではないでしょうか。

一枚の寄せ書きに、ハメットとチャンドラーの名前が並んでいる代物は、世界中にそれしかないのですから。

日本でも、寄せ書きということはあります。
色紙に書いたり、扇子に書いたり。
英語では、「メッセージ」とも言ったりするようです。

もしそうであるなら、「メッセージ・ハット」があって良いのではないでしょうか。

メッセージ・ハット。

もし、自分にとっての重要人物に会ったら、帽子にサインをしてもらうとか。
帽子は永く保って、めったに失くしませんから、良い記念になります。

ッセージやサインがより映えるためには、オフ・ホワイトの帽子が良いでしょう。
しかも、ブリムの広いのが、良い。
たくさん書けますから。

愉しい食事の後で、みんなで寄せ書きしたり。

これを、「メッセージ・ハット」と、呼ぶことにいたしましょう。