ピープス・ハットの物語 #072

日記をつけていますか? あるいは日記をつけたことありますか?

日記を書く人は少なくないでしょう。
でも、なかなか続かない。
三日坊主なんてこともあるでしょう。

ところが1660年から1669年の間、毎日、克明な、赤裸々な日記を書き続けた人がいます。

英国人の、サミュエル・ピープス。
サミュエル・ピープス自身はイギリスの官僚だったお方。
そしてそのお父さんは、テイラーだったそうです。

サミュエル・ピープスの日記を、どうして「赤裸々」と決めつけることができるのか。

それはピープスが、人には読まれないように、暗号で書いていたからです。
このピープスの日記があることは、知られていました。
でも、永い間、解読することが出来なかったのです。
オックスフォードの学生が苦心惨憺のあげく、やっと読み解くことができたのは、二十世紀になってからのこと。

そんなわけでピープス日記はすべて本音で書かれているので、貴重な資料だと、考えられています。
1660年1月28日のところに。

「使丁を家にやって、一番上等の毛皮の帽子をとりにゆかせた。」

サミュエル・ピープスの上司に、サー・ジョージ・ダウニングというお方がいらして。
ピープスに対して、「ひとつ帽子をやろう……」と言ったのでしょう。
それで使用人を遣わしたものと思われます。

この「一番上等の毛皮の帽子」は、ミッチェル夫人にもたいそう褒められています。

ミッチェル夫人は、ウエストミンスター会館の本屋の経営者。
1660年ということは、トップ・ハット以前のことで、つばの大きな帽子だったでしょう。

クラウンは丸く、ワイド・ブリムを自在に折り曲げて被ったものです。

ざっと350年ぶりに、「ピープス・ハット」を復活させたみようではありませんか。