漫画家ベレー帽の伝説 #089

漫画『ドラえもん』は、藤子不二雄の代表作であります。

『ドラえもん』のはじまりは1970年のことですから、長い長い人気ですよね。

藤子不二雄はもともと漫画家二人の合作ペンネームだったのは、有名な話。
そして藤子不二雄が愛用していたものに、ベレー帽があります。

では、どうして藤子不二雄はベレー帽が好きだったのか。

これはもちろん、手塚治虫の影響なのです。
藤子不二雄は、手塚治虫に認められて漫画家となった経緯があるから。

手塚治虫のベレー帽は、あまりにも有名でしょう。
よほど親しい人しか、ベレー帽なしの手塚治虫を知らないのではないか、そんな気がしてくるほどです。

では、手塚治虫はなぜベレー帽がお好きだったのか。

手塚治虫が子どもの頃に愛読した漫画に、『フクちゃん』があります。
『フクちゃん』は、昭和十一年のはじまり。
横山隆一の漫画。
主人公、フクちゃんはまだ子どもなのに大学生の学帽をかぶっているので、人気になったところがあります。

その横山隆一が好きだったのが、ベレー帽。

横山隆一の弟、横山泰三もまた漫画家で、ベレー愛好家。

戦前の漫画家にはとてもベレー帽が流行ったから。
いや、漫画家とは限らず、画家はたいていベレー帽をかぶったものなのです。

では、戦前の画家はどうしてベレー帽をかぶったのか。

これは、黒田清輝に倣ったものだったのです。

黒田清輝は、明治期の、西洋画家。
日本での最初の西洋画家とも言える人物でしょう。
その黒田清輝が1893年に巴里から帰国。
この時にかぶっていたのが、ブレトン・ベレー。
おそらくこれが日本ではじめて注目されたベレーであったものと思われます。

ブレトン・ベレーは、バスク・ベレーよりもやや大きい形のベレー。
その意味では、日本のベレー帽はブレトン・ベレーにはじまって いるとも言えるでしょう。

それはともかく、「漫画家のベレー帽」は、実は黒田清輝のブレトン・ベレーに出発しているのです。