芥川帽子の物語 #085

上海は、もちろん中国の都会です。

上海は今、近代化に忙しい。
いや、ある所を抜き出して眺めれば、誰もがヨーロッパの街並みと見紛うでしょう。

そしてまた、戦前の上海が魅惑的な町だったようです。
戦前の上海にはいくつかの「租界」があって。「日本租界」、「ロシア租界」、「イギリス租界」、「フランス租界」……………。

上海のフランス租界には、フランスの一流品が多く並んでいたそうです。
たとえば、ウビガンの香水、ロジャー・エ・ガレエの石鹸など。
戦争中はパリでも探せないような銘品が、上海では見つけることができたと、伝えられています。

1921年に上海を旅した日本人に、芥川龍之介がいます。
これは当時の「毎日新聞」の依頼によるものです。
当然のようにその紀行文は「毎日新聞」に連載されています。
名づけて、『上海游記』。

「我我は隅の卓子に、アニセットの盃を舐めながら………………」。

これは「カフェ・パリジャン」での様子。

文中の「アニセット」、さあ何でしょう。

もしかすれば、アブサンに似たものだったかも知れませんが。
大正十年の芥川龍之介が、上海の巷に馴染んでいることが分かります。
郷に入っては郷に従え、というのだったしょう。

芥川は上海で、中国服をも着ています。
中国服ですから当然、丸いキャップの、中国帽をもかぶっています。

この中国帽とは別に、探検隊の恰好もしているのです。
中国の石仏を訪ねるときに。
スーツを着て、防暑帽を頭に載せています。
たぶん、ソーラー・ヘルメットでしょう。
が、ずいぶんとシンプルな、モダンなピス・ヘルメットになっています。
大正十年頃にはそんな防暑帽もあったのかと思われます。

1921年、上海で芥川龍之介がかぶった防暑帽を再現してみましょう。

名前はもちろん、「芥川帽」で決まりでしょう。