オテロ帽子の伝説 #092

故き佳き時代の巴里に、マダム・オテロという美女がいたんだそうです。

本名は、カロリーヌ・オテロ。
1868年に、スペインに生まれています。

マダム・オテロはあまりにもお美しいので、ついた名前が「ラ・ベル・オテロ」。( 美しのオテロ) 。
巴里、ベル・エポック期のことであります。

マダム・オテロは巴里に来てからも、スペイン訛りが抜けなくて。
そのスペイン訛りのしゃべり方が色っぽいと。
まあ、美人は得でありますね。

若い頃のマダム・オテロは、「フォリー・ベルジェール」のダンサーであったことも。
作家、コレットもダンサーだった時代あるのですが。
マダム・オテロの顏をこんな風に言っております。

「曲面の最高傑作」

マダム・オテロも結局は「ドウミモンデーヌ」のひとりだったのでしょう。多
くのパトロンを従えての、優雅この上もない暮らしだったのです。
コレット著『わたしの修業時代』に、マダム・オテロのことが詳しく出ています。

「自動車のボディは、有名な帽子デザイナーにうやうやしくご意見をうかがったうえで、婦人帽の高さに合わせて寸法を決めたものだ。」

マダム・オテロの「自動車」は、特別製の、ブルーのリムジンで、メルセデスベンツ製。
それはマダム・オテロのかぶる帽子に合わせて、屋根が少し高くなっていたんだそうですね。

昔、ロールス・ロイスの室内は、トップ・ハットが邪魔にならない高さになっていて。
ちょっとそれに似た話かと。

子のスタイルに合わせて、車を註文する。

夢のような話ではありますが…………。