阿弥陀帽の伝説 #093

阿弥陀という帽子のかぶり方があります。

でも、ほんとうは「阿弥陀帽」という名前の帽子はありません。

帽子の前のつばを思い切り上にあげてのかぶり方を、俗に「阿弥陀」と言います。つまり帽子の後ろを極端に下げたかぶり方でもあります。

帽子の「阿弥陀」は、もちろん阿弥陀如来から来ていて、もともとは仏像の言葉から来ているわけですね。
阿弥陀如来の特徴は、「光背」にあります。
あまりにも神々しいので、お姿の後ろから後光が射しているわけです。
あの阿弥陀如来の「光背」に似たかぶり方なので、「阿弥陀」という表現が生まれたのでもしょう。
「阿弥陀被り」とも言います。

が、本来は褒めた言い方ではありません。
「ちゃんとかぶってはいないけれど………」の含みがあります。

では、帽子における「阿弥陀」は、いつの頃からはじまっているのか。
「阿弥陀」は西洋帽子でのかぶり方ですから、明治時代以降と考えたて良いでしょう。

たとえば。

「阿彌陀に被った中折帽の下から金壺眼をひからして……………」。

内田魯庵著『落紅』の第一章にある文章。
『落紅』は、明治32年『太陽』9月号に発表された短篇。
つまり明治32年にはすでに「阿弥陀」の言葉が用いられていたものと思われます。

というよりも私は今のところ、内田魯庵の『落紅』よりも前の小説に「阿弥陀」が出ている例を探せないでいます。

それはともかく、「阿弥陀」はなるほど上手い表現だなあと、思ってしまいます。

やや新しいところでは、『エヂプトの涙壺』にも出てきます。

「男はソフトを阿弥陀に被り、小さな旅行鞄を持つていた。」

小沼 丹の短篇。
『エヂプトの涙壺』は、昭和44年の発表
。私は小沼 丹の短篇が好き。
それというのも、帽子の話がよく出てくるからでもあります。『
エヂプトの涙壺』にも。

「ベレエ帽を斜めにずらしたササ氏は斜めに僕を眺めた。」

まあ、ざっとこんな風に。

しかし、それにしても。
ソフト帽は阿弥陀にもかぶれるでしょう。

が、ベレエ帽を阿弥陀にかぶると、いったいどうなるのでしょうか。