ヴァイザーの伝説 #094

帽子用語のひとつに、「ヴァイザー」があります。

「ヴァイザー」は、ブリムに似て非なるものです。

ヴァイザー visor は「前庇」のこと。
ハットにブリムがあれば、キャップに「ヴァイザー」があるというわけです。

時に、「ピーク」 peak と呼ばれることもあります。
もちろんキャップにおける「前庇」を意味するわけです。
「前庇」は、無理やりの日本語という感じではありますが。

一方、古い日本語に、「眉庇」があります。
眉庇と書いて、「まびさし」と訓みます。
「眉」に対しての「庇」なので、「眉庇」。

眉庇は、実は戦国時代にすでに用いられていた言葉なんだそうです。
兜の前の庇を、「眉庇」と呼んだという。

それが明治の時代になって、西洋帽子が入ってくると。
帽子の前の庇を、「眉庇」と呼ぶようになったのです。
つまり、兜用語から帽子用語へと。

では、「眉庇」と「ヴァイザー」は同じものなのか、どうか。

うーん、このへんが微妙なところなのですが。

夏目漱石が明治四十年に発表した小説に、『虞美人草』があります。
『虞美人草』にも、「眉庇」が出てくる。

「甲野さんは眞廂を煽つて坂の下から眞一文字に坂に盡きる頂きを見上げた。」

「眞廂」は、漱石流の宛字。
つまり前後の文章からして、「眉庇」に他なりません。

ところが、「甲野さん」は着物姿で、「中折」をかぶっているのです。
つまり漱石は、ブリムの前の部分を指して、「眞廂」と表現しているわけです。

「眉庇」と、「ヴァイザー」が、少し違うということ、お分かりかと思います。

考えてみれば、兜は全体に「ブリム」があったのでしょうから。

それはともかく、「眉庇」は、なかなか美しい日本語だと思うのですが。