ウジェーニ・ハットの伝説 #052

パリの、オートクチュールは今も昔もよく知られています。

あえて日本語にするなら、「高等洋裁」でしょうか。

一般に、パリのオートクチュールを発展させたのは、ウォルトだと考えられています。
シャルル・フレデリック・ウォルト。
1860年代に活躍した、オートクチュール・デザイナー。
このウォルト、実はれっきとした英国人だったのです。

英語訓みにすれば、チャールズ・フレデリック・ワースということになります。

ワースでありウォルトでもある彼は、若くして服装での才能を発揮。
ロンドンの生地屋で布を買う客に、たちまちそれに合うスケッチを描いて、人気だったのです。

1840年代には、巴里に。
同じように生地屋に勤めて話題となったのです。
その後、巴里、リュー・ド・ラ・ペーに店を開いて、独立。
王侯貴族さえ通う店となったのです。

ウォルト以前には、必ず貴族の屋敷にお伺いして、服をお仕立てした。
が、ウォルトの店には貴族が足を運んだ。

また、仕立てた服にデザイナーの名前を入れたのも、ウォルトが最初だったのです。

このシャルル・フレデリック・ウォルトを贔屓にしたのが、ウジェーニ。
ナポレオン三世妃。
何億円分もの服を作らせています。
ウジェーニ王妃に限っては、ウォルト自身が宮廷にお伺いしたわけですが。

1860年代の巴里の流行は、ウォルトが仕立て、ウジェーニが着ることで生まれたと信じられています。

ある時、ウジェーニはヴィオレのポークパイ・ハットを被った。

淡い紫色の、クラウンを平たくした帽子。

これは当時の貴婦人に、すぐ真似されたそうですね。

この伝説にならって、「ウジェーニ・ハット」を作ってみようではありませんか。