天才帽子の伝説 #053

『帽子を………』という題の小説があります。

作家の、なだいなだが、昭和三十四年に発表した短篇です。
「帽子」と題名につく物語もいくつかあります。

たとえば、森 茉莉の『父の帽子』とか。
『父の帽子』は、名作というべきでしょう。
そしてまた、森 茉莉の出世作でもあります。
森 茉莉は『父の帽子』が認められることによって、作家の道を歩きはじめたのですから。

なだいなだの『帽子を………』の舞台は、パリ。

当時、パリに、ロベール・カンという名の音楽評論家がいた、との設定になっています。
一方、ロバート・トーマスという声楽家がいて。
このふたりにはちょっとした紆余曲折があったものの、最後になって、ロベールがロバートを評価する物語なのです。

『帽子を………』の最後の一行が。

「帽子を…………帽子を…………天才なんです………」

これで物語が幕を閉じるのです。この最後の一行から、『帽子を…………』の題名が採られているのは、言うまでもありません。
ただ、これだけでは、少し分かりにくいでしょう。

このなだいなだの短篇は、1831年の、ある有名な出来事を下敷きにしているのです。
ショパンがウイーンで初演した時、シューマンがその技巧を絶賛。
その時の表現が。

「諸君、帽子を脱ぎ給え。天才の登場だ。」

で、あったのです。

1831年ということは、もちろんトップ・ハットの時代であって、具体的には、「帽子」はトップ・ハットであったでしょう。
それならば、トップ・ハットの愛称として、「天才帽子」も使えるのではありませんか。

と同時に、 「諸君、帽子を脱ぎ給え」は、天才への形容詞でもあるわけですね。