一文字の伝説 #095

比較的はやくパナマ・ハットをかぶったヨーロッパ人に、ナポレオン・ボナパルトがいます。

ナポレオン・ボナパルトは、1821年5月5日に、五十一歳で世を去っています。
ということは、1810年代にナポレオンは、セント・ヘレナの孤島でパナマ帽をかぶっていたことになります。

セント・ヘレナ島でのナポレオンの暮らしは当然もことながら制限されていて、朝の散歩くらいがせめてもの愉しみであったという。

セント・ヘレナの夏は暑いところで、この散歩にナポレオンはパナマをかぶったんだそうです。

パナマ・ハットの古典的なスタイルに、「オプティモ」があります。

またの名を、「一文字」。
クラウン頂上に、一本の線として浮きあがっているから。

その昔、輸出のために船詰みする時、縦に二つ折にした。
その名残りから「オプティモ」が生まれたとの説があります。
それにしてもどうして、「一文字」の名前がつけられたのか。

「パナマ帽の黄色くなつたのを冠つて…………………」。

田山花袋が、明治四十一年に発表した『生』には、そのように出ています。
この「パナマ帽」も、もしかすれば「一文字」であったのかも知れませんが。

江戸期、女の人のかぶる笠に、「一文字笠」があった。
それは竹の皮で作った、ヤマの平たい笠で、上に一本の筋があって、これを「一文字笠」と呼んだのです。

つまり明治の人にとってはこの一文字笠の印象があったので、「一文字」と名づけたものと思われます。