四角い帽子の伝説 #098

好きな女の人に、向田邦子がいます。

好きというより大好きで、尊敬しています。
ただし向田邦子その人はさっさと天国に移っているのですが。

向田邦子は、一度だけお姿をお見かけしたことがあります。
たまたま住まいが近かったので。
むかし、青山通りの角に珈琲店があって、「大坊」。
向田邦子はここで友だちらしき人と、珈琲を飲んでいました。

向田邦子は私にとっては、随筆家。
名随筆家。
もし随筆家になろうと思ったなら、決して向田邦子を読んではなりません。
あまりの巧さに圧倒されて、随筆を書こうとする気持が消えてしまうから。
それくらい、向田邦子製の随筆は、美事です。

向田邦子はまた、小説をも書いています。
仮にドラマを中心に考えるなら、「原作」とも言えるでしょう。
向田邦子の小説も、素晴らしい。
その素晴らしさのひとつに、「資料性」があります。

戦前の、日本人の暮らしがどうであったのか。
それを知るには向田邦子の小説を読むのが、もっとも効率の良い方法でしょう。

たとえば向田邦子の小説に『あ・うん』があります。
くどいようではありますが、『あ・うん』はドラマ化されています。
その「原作」でもあるのですが。
この中に。

「背の高い学生が走ってきた。これも、とりわけピンと張った四角い帽子をのけっている。」

この背景は、早稲田大学。
もちろん時代は、戦前。
向田邦子の言うところの「四角い帽子」は、角帽のこと。

今、大学生はふつう角帽をかぶりません。
が、戦前まではまず例外なく角帽をかぶったものです。

それはともかく、向田邦子を読んでいると、角帽をかぶりたくなってきます。