ヘミングウェイ・ハットの伝説 #099

むかしは、「氷室」ということがありました。

氷などを保存しておくための部屋なので、「氷室」と呼ばれたわけです。
真冬の、極寒に時期に、氷を特別に蓄えて置く。
氷ばかりではなく、雪ということもあったようです。
氷や雪に囲いをして、なんとか夏の季節にまで、保たせる。
それを「氷室」と言ったのです。

氷室は日本ばかりではなく、外国にもありました。
その意味では、古代にも今のアイスクリームやシャーベットに似たものはあったようです。
人類の叡智には、素晴らしいものがあります。
冷蔵庫のない時代に、人は冷たいものを食べたり、飲んだりしていたのですから。

冷蔵庫のない時代といえば、「気化熱」ということがあります。
液体が気体に変化する時に、熱を奪う習性のことです。

たとえば、膚の上にアルコールを塗ったとします。
一瞬、ひやりとするはず。
あれもまた、気化熱なのです。
アルコールはすぐに気体になるので、その変化がすぐに分かるのです。

十九世紀末、アメリカのカウボーイもまた、「気化熱」を知っていました。
冷蔵庫のない時代に、冷たい水を飲むために。

カウボーイは夏の炎天下でも、馬に乗って旅をする。
そんな時、どうしたのか。
アルミの水筒に、毛布を巻いたのです。

カウボーイは水場が近づくと、水筒に水を入れる。
この時、水筒の表面の毛布をたっぷりと濡らしておく。
と、毛布の水は蒸発して、気化熱が発生する。
ために水筒の中の水は冷たくなってくれる。

冷蔵庫のない時代、荒野を旅するカウボーイは、実は冷たい水を飲んでいたのです。

ヘミングウェイが、1950年ころに書いた小説に、『海流の中の島々』があります。
『海流の中の島々』はヘミングウェイの生前に出版されることはなく、没後の1970年になって刊行された、いわば遺作でもあります。
この中に。

「エディは海水の入ったバケツの中にひさしの長い帽子を浸してからデイヴィッドにかぶせた。」

これは仲間たちで船を出して、釣りをしている場面。

海は凪いで、とくに暑い日のこと。
で、帽子に水を含ませる。
なぜか。
やがて水は蒸発して、気化熱が発生するから。
もちろん、ヘミングウェイは気化熱のことを知っていたわけですね。

もしも、常に水分が蒸発する仕掛けの帽子があったなら、それは「冷却帽」となってくれるでしょう。

名前は、「ヘミングウェイ・ハット」にいたしましょうか。