キャスケットの伝説 #101

昔むかし、偉いお坊さんがいたんだそうです。

名前を、夢窓疎石とおっしゃいました。
夢窓疎石と書いて、「むそう そせき 」と読みます。

夢窓疎石がお生まれになったのは、建治元年。
西暦の1273年のこと。

夢窓疎石がどのくらい偉いお坊さんだってのか。
時の権力者であった、足利尊氏が弟子になっていることからも窺えるでしょう。

夢窓疎石のお母さんがまた信仰篤きお方で、毎日、観音さまにお祈りをしていた。
ある時お母さんは夢を見た。
金の光が口の中に入る夢を。
それからしばらくして生まれたのが、夢窓疎石だったとの伝説があります。

もちろんこれはあくまでも「伝説」でありましょう。
しかしこのような伝説が生まれるほどに、当時の民衆から夢窓疎石が、絶対視されていたのでしょう。

この夢窓疎石と関係があるのが、『ハッピーデイズ』であります。
『ハッピーデイズ』は、2001年に、フランスの作家、ローラン・グラフが発表した小説。
この小説の扉に、夢窓疎石の言葉が掲げられているのです。
その夢窓疎石の言葉とは。

あのちっぽけな、いわゆる「自我」を捨てると、私は膨大な世界と化した。

というものです。

「自我を捨てなさい。大きな世界が拓けますよ。」ということなのでしょう。
そして少なくともローラン・グラフは、時を超え、所を超えて共感したものと思われます。
『ハッピーデイズ』を読んでいると。

「玄関で、上着を脱いでコート掛けにかける。並びには、ニットのショール、毛糸の帽子、無骨なキャスケット。」

と、出てきます。

これは、物語の主人公「彼」がランチに食堂に入って行く場面。

「無骨なキャスケット」が気になります。
たぶんトゥイードの、ゆったりとしたキャスケットなのでしょう。

キャスケットのトゥイードは、無骨であればあるほどよろしい。

無心にかぶっているうちに、顔に馴染んでくるものですから。

帽子の極意もまた、「自我を捨てる」ことにあるのかも知れませんね。