愛帽家の伝説 #102

日本には、「好きこそものの上手なれ」という諺があります。

どんなものでも、まず最初に「好き」という想いがあるからこそ、上達へとつながってゆくのだ、という意味でしょうか。

たとえば、泳ぎ。
泳ぐ。水泳。
泳ぎの好きな人もいれば、好きではない人もいます。
同じように、水泳の得意な人も、得意ではない人もいます。

少し極端な話をすれば、オリンピックで金メダルに輝く選手もいるでしょう。
あのオリンピックの水泳選手は最初から60秒をきって泳いだのですしょうか。
いえいえ、そうではありません。
厳しい練習を重ねることによって、世界記録に到達したのです。

では、なぜ、厳しい練習に耐えることができたのか。
いろいろあるでしょうが、結局は「好きだったから」ということに尽きるのではないでしょうか。

以上のことをひと言で表現したのが、「好きこそものの上手なれ」だと思います。

これは音楽の世界でも、絵画の世界でも、書道の世界でも、まったく同じことが言えます。

世界に通用するピアニストは一日の練習時間、最低でも八時間だとか。
くる日もくる日も、八時間。
これはよほど「好き」でなければ出来ないことではないでしょうか。

さて、帽子もまた、「好きこそものの上手なれ」で説明できるものです。

その帽子を「嫌い」と思って頭に乗せて似合ってくれる帽子は一つもありません。

「好きだ!」、「惚れた!」と信じ込んで、かぶるからこそ、似合ってくれるのです。

1997年に、ローレンス・サンダーズが発表した小説に、『青い蝶の刺青』があります。
この物語の主人公が、アーチボルト・マクナリー。
若く、富裕な、秘密調査員という設定になっています。

「行きつけのブティックで新しい帽子を物色した。わたしは、帽子には目がない。その日は、編んだ麦わらの中折れ帽が手に入り、ご機嫌だった。片方の目の上でかしげてかぶると、粋に見える。」

なるほど!

ここには「愛帽家」のすべてが語られています。
愛帽家の原理のすべてが。

まさに、まさに、帽子も、「好きこそものの上手なれ」なのです。