スキー・キャップの伝説 #103

日本に本格的にスキーが伝えられたのは、明治四十四年一月のことなんだそうです。

場所は、新潟県の高田。
いまの上越市であります。

オーストリアの、レルヒが日本の兵隊に教えたと、伝えられています。
レルヒは、ズダルスキーの弟子で。

「ズダルスキー」は偶然のことながら人の名前。
ズダルスキーは、リリエンフェルト・スキーの名人だったお方。

リリエンフェルト・スキーとは、剣豪、佐々木小次郎みたいに、物干し竿のように長いストック一本で操るスキー術。

ということは1911年の1月にレルヒから教えられたのも、一本棒スキーであったでしょう。
これは雪上を行軍するのに便利だったからです。
その意味での最初の「スキー帽」は軍帽だったのかも知れませんが。

世界の歴史を眺めれば、初期のスキー帽は毛皮製だったと思われます。
スキーは寒い時のもので、速度が出れば出るほど、寒い。

スキー帽は必要。

しかし風で飛ばされないためには、キャップが有利。
おそらくは毛皮製のキャップが最初のスキー帽だったでしょう。

それからやがて、ギャバジン製のスキー帽が作られるようになったそうです。
さて、今日のスキー帽はニット・キャップが多いようです。
頭にぴったりフィットして、温かいとなればニット・キャップは優れた選択であります。

スキー帽が出てくるミステリに、『ルクセンブルクの迷路』があります。
クリス・パヴォーネが、2012年に発表して物語。

「デクスターはスキー帽をかぶってバルコニーに戻ってきた。ケイトは自分の帽子を渡されると、耳が隠れるほど深くかぶった。」

ケイト・ムーアは、物語の主人公。

外は、寒い。
で、スキー帽を深くかぶって。

なにもスキーの時ばかりでなく、寒い対策にもスキー・キャップは欠かせないようです。