キスリング・キャップの伝説 #105

過ぎ去った日々は常に美しく見えるものなのでしょう。

それはそうなのでありましょうが。
「ベル・エポック」だけは、特別に思えてなりません。

ベル・エポック。

故き佳き時代の、巴里。
もう少し具体的に言いますと、十九世紀末の、巴里。
やや広く考えて、二十世紀はじめの、巴里。

ロオトレックが闊歩していた巴里の街。
若きピカソやモディリアーニが肩をすぼめて歩いた巴里の街。
今日の現代絵画の源は、ベル・エポックにある。
もし、そう言っても過言とはならないでしょう。

モディリアーニがいつも、マロンの、コオデュロイの上着を着ていたのは、広く知られている通りです。
いや、モディは、上着だけでなく、パンタロンもまたコオデュロイだったのです。

当時、親しい仲間たちは、彼のことを「モディ」の名前で読んだという。

では、モディはどうしてコオデュロイの服装を好んだのか。
それは、安くて、丈夫な服だったから。
そしてそれ以前に、その時代のコオデュロイの服は、労働者にふさわしい服だと考えられていたので。

モディの友人のひとりだったのが、やはり画家の、キスリング。
ポーランドの画家、モイーズ・キスリング。

「ハンチングをまぶかにかぶり、赤いマフラーを頸に巻いたところは…………………。」

M・ジョルジュ=ミッシェル著『モンパルナスの灯』には、そのように出ています。
もちろん、キスリングの様子。
たぶん、深い、大ぶりのハンチングなのでしょう。

これからは、赤いマフラーの似合いそうな、キャスケットのことは、「キスリング・キャップ」と呼ぼうではありませんか。