イースター・ハットの物語 #104

故き佳き時代のフランスを知るには、瀧澤敬一を読むに限ります。

瀧澤敬一は、随筆家。
随筆家なのですが、もともとは銀行員。
「横濱正金銀行」の行員だったお方。

その横濱正金銀行の支店が、リヨンにあったのです。
どうしてリヨンかというと。
絹織物の取引で、当時の横濱と大きな取引があったから。

瀧澤敬一は、横濱正金銀行のリヨン支店勤務となって、リヨン在住。
リヨンでフランス人女性と結婚。
子供も生まれて、リヨンでお亡くなりになっています。

若き日の遠藤周作がリヨンに留学していたのは、ご存じの通り。
ある日、遠藤周作は、大先輩ともいえる瀧澤敬一の自宅を訪ねたこともあったようですね。

瀧澤敬一の代表作は、『フランス通信』。
これは長く連載されて、好評だったもの。
「第一フランス通信』からはじまって、『第十一フランス通信』くらいまであったはずですが。

戦後間もなくの読物としては、高尚でもあり、好評でもあったものと思われます。
この『フランス通信』とは別に、いくつかの随筆集をも出しています。
たとえば、『ダンナさま マーケットに行く』。
題名からも想像できるように、フランスの庶民生活を窺い知るのに、最適のものです。
この中に。

「昔リヨンではイースターに麦わら帽と白ずぼんで郊外にピクニックする習慣があったという。」

瀧澤敬一が、「昔」というのですから、第一次大戦前のことなんでしょうか。

それはともかく。

要するにホワイト・フランネルズに、ストロー・ハット。
で、こうがにピクニック。
いいですねえ。

このイースター・ハット、ぜひ復活させた風習ではありませんか。