グリーティング・ハットの伝説 #107

人が帽子をかぶらない理由は、たったひとつしかありません。

自分で勝手に「似合わない!」と決めつけているから。

「私はどうせ帽子が似合わないのよ」。

まあ、ご自分でそう思うのは自由ですがね。

帽子の立場にもなってください。

「帽子が似合わない!」。

そんな風に言われますと、小さな心が傷つくではありませんか。
と、貴方はですね、「傷ついた帽子」をかぶる結果となります。
これは端から不利というものでありましょう。
はっきり申しまして、ソンであります。

帽子とは、かぶっているうちに必ずや似合ってくる性格のものですから、「帽子が似合わない!」なんてことは、今後いっさいおっしゃらないでください。

しかしその一方で、帽子をかぶる理由はざっと千ほどもあります。
たとえば、「貌に陰翳をつけるために」とかね。

あるいはまた、「帽子を脱ぐしぐさを美しく見せるために」とか。
サングラスなんかもそうでありますが、それを外す瞬間は、スリリングであります。
エロティシズムさえ感じさせるほどであります。

もし、御用とお急ぎでなければ、千のうちのあと、998の、帽子をかぶる理由について、お考えくだされば幸いであります。

さて、ここでもうひとつの「帽子をかぶる理由」をお話ししましょう。

1907年に、O・ヘンリーが書いた『煉瓦粉長屋』に出てくる話なのですが。

「 あなたはどうして帽子に手をやってわたしに挨拶なさったの?」

これはブリンカーという旅の者が、フローレンスという未知の若い女性と知り合いになる場面。

ブリンカーはなにも彼女に挨拶したわけではありません。
突然、風が吹いてきて、帽子が飛ばされそうになったので、手で帽子を押さえた。

それがフローレンスには「挨拶」に思えたのであります。

まあ、世の中には、そんなこともあるのでしょう。
さしずめ「グリーティング・ハット」とでも名づけましょうか。

これもまた、「帽子をかぶる理由」のひとつであります。