ポケット・キャップの伝説 #114

日本の小説家に、井伏鱒二がいます。

よく知られているのは『黒い雨』でしょう。
『黒い雨』はドラマにも、映画にもなっています。

太宰 治が「兄」とも慕ったのが、井伏鱒二。
井伏鱒二はなにかにつけて太宰 治面倒をみてもいるようです。

井伏鱒二は若い頃、一時期、早稲田大学、文学部仏文科に席を置いていたことがあります。
大正八年頃のことです。
当時の早稲田の生徒は皆、学生帽をかぶったもの。

学生帽、すなわち「角帽」。
もちろん早稲田大学だけのことではなかったのですが。

その時代の「角帽」には値打がありました。
第一に、世間の扱い方が違っていたのです。
「学士さま」というので、一目も二目も置いた。

井伏鱒二は、『角帽の色』という随筆の中で、こんな風に書いています。

「級友伊佐襄の帽子は青みがかってゐた。小林竜男の帽子は灰色に変色し、浦上吾三郎の帽子は青みを帯び、永井三保三の帽子はオシルコ色になり………………」。

井伏鱒二は友だちの角帽について、えんえんと語ったいます。
その時代の早稲田の角帽は、かぶっているうちに、色が変ってきたらしい。
でも、井伏鱒二はそうやって、むかしの級友を懐かしんでいるのですが。

井伏鱒二は『角帽の色』の締め括りに、戦死した川口尚輝の角帽について。

「色のさめた彼の角帽は、裏側に学生証を入れるセルロイドのポケットがあつた。」

帽子の裏側に、ポケットがあるなんて、素敵なことではありませんか。