ブラック・ハットの物語 #114

日本の作曲家で、ハンサムだったお方。

まあ、皆さんそれぞれに美男子なんでしょうが。
たとえば、芥川也寸志。
芥川也寸志は抜きん出て男前でありました。

一時期は、女の人にもてすぎて困ったこともあったようですが。

芥川也寸志から、「3人の会」を思い出すむきもあるでしょう。

團 伊玖磨、芥川也寸志、そして黛 敏郎の三人で作った会のこと。
1953年の結成。
三人で、合同で発表会を開いたものです。

では、なぜ、「3人の会」なのか。

同じ学校の先輩後輩の関係があったから。
当時の、「東京音楽学校」での同窓生。
團 伊玖磨がいちばんの先輩で、黛 敏郎がいちばんの後輩。
つまり芥川也寸志はその真ん中というわけです。

芥川也寸志が東京音楽学校に入ったのは、昭和十八年のこと。
その時代の規則はとても厳しくて。
男子学生と女子学生とは、話をしてはならない。
「おはよう」、「ああ、おはようございます」。
たったこれだけの会話でも、職員室に呼び出されたんだそうですね。

芥川也寸志著『旅の歌』という本に出ています。

「東京音楽学校の男子の制服は、伝統的に黒い背広に黒いソフトと決められていましたが……………………。」

『旅の歌』には、そんな話も出ています。

学校での制帽が、「黒いソフト」。

いいですねえ。

たぶん、学校を卒業してからのソフト・ハットがとても似合ってくるはずです。