おらんだ帽子の伝説 #118

好きな小説家のひとりに、三浦哲郎がいます。

三浦哲郎は、1931年に青森の八戸に生まれています。
実家は「丸三」という大きな呉服屋だったそうです。

三浦哲郎の小説を好きな理由のひとつは、よく帽子の話が出てくるからです。
たしか『チロリアン・ハット』と題の短篇もあったような記憶があります。

青森の冬は、寒い。
青森の冬に帽子は欠かせません。
そんなことも三浦哲郎と帽子とがつながっているのではないでしょうか。

三浦哲郎にはまた、『おらんだ帽子』という作品もあります。
『おらんだ帽子』は小説のようでもあり、随筆のようでもあり。
ここでは三浦哲郎、お母さんの話を書いています。

お母さんはある病で、入院。
ちょうどその時期、三浦哲郎はアムステルダムに行く用事があって。
そこでお母さんに、「土産には何が欲しい?」 と、訊く。

するとお母さんは言った。

「帽子が欲しい」

「私は予定通り出発し、アムステルダムのデパートで、やっとベージュ色の太い絹糸をナイトキャップ風に荒目に編んだ婦人帽をみつけて、それをふくろの土産に買った。」

お母さんがその土産である帽子を愛用したこと、申すまでもありません。

その頃、お母さんは病院での移動に車椅子を使っていた。
車椅子に乗っていて、ふっとその帽子が落ちて。
やがて、それを拾ってくれた人が。

「どなたの帽子ですか?」。

と、お母さんは、言った。

「おらんだ!」

「おらんだ」は青森弁で、「私のです」の意味。
そのことがあってから、病院内では、「おらんだ帽子」として有名になってしまったそうです。

たしかに、三浦哲郎はアムステルダムで買ったわけですから、「おらんだ帽子」であることに、間違いないのですが。

それにしても、「太い絹糸でナイトキャップ風に荒目に編んだ」帽子、作ってみたいですよね。