ピンク・ライニングの伝説 #122

今の原宿に狐が出た頃の話なんですが。
もちろん、明治時代のことです。

現在の原宿には、通称「キャット・ストリート」というのがあります。
あの辺りはむかし、隠田と呼ばれたらしい。
密かに田圃を作るので、隠田。

この隠田に、立派な五階建ての洋館を作ったのが、大山 巌。
大山 巌は、当時偉い軍人。
後に政治家になった人物。

大山 巌は幕末にヨーロッパ留学の経験もあり、語学も堪能だったという。
なにかにつけて、ヨーロッパ式の生活をも愉しんだとのこと。
それだからこその、洋館だったのでしょう。

ただし明治中頃の隠田は、田舎。
庭に狐が遊びに来たという。

大山 巌の四女、渡邊留子は、『随筆』の中でそのように語っています。
渡邊留子は旧姓、大山留子。
渡邊家に嫁して、渡邊留子。

渡邊留子がまだ小さい頃の話。
渡邊留子は、明治十五年の生まれですから、おそらく明治二十年代のことなんでしょう。

大山 巌は高位の、優れた軍人でありましたから、多くの友人が遊びにやってくる。

その軍人たちの軍帽を隠して遊ぶのが、留子たちの愉しみだったと、書いています。

中でもおしゃれだったのが、桂 太郎。
桂 太郎だけは、特別に、軍帽の裏を桃色の絹で張らせていたらしい。

ピンク・ライニング。

いいですねえ。
ぜひ、一度、真似てみたいものです。