ハット・プライスの伝説 #140

たいていの帽子には、値段というものがあります。
値段がついていてこその帽子でもありましょう。

では、帽子における適正値段とは、いかなるものでありましょうか。
これはもちろん、自由競争の時代ですから、千円の帽子もあれば、百万円の帽子もあるのでしょう。

でも、「適正価格」はどのあたりにあるのか。
また、国によって、時代によって、変化はあったのか、なかったのか。

ハット・プライスのひとつの参考書として、『ゴリオ爺さん』があります。
『ゴリオ爺さん」は、1835年に、オノレ・ド・バルザックが発表した小説。
名作であり、古典でもあります。
この中に、こんな一節が出てくるのです。

「それに仕立屋で三千フラン、香水屋で六百フラン、靴屋で三百フラン、帽子屋で三百フラン使わないようだったら、君は自分の地位を汚すということになる。」

この時代背景は、1820年頃のこと。
洒落者は、一般論として、年間、ざっと一万フランは必要だと、語っている場面なのです。
そして、その内訳を、延々と説明しているのです。

これを、今の日本に置き換えると、どうなるのか。
おおよその見当で。
年間に、一千万円に近いのではないでしょうか。

そうすると、年間の帽子代、三百万円ということになります。
靴代も、三百万円。
靴の値段と帽子の値段、ほぼ同じだったと、考えることもできるかも知れません。

そうすると、年に十個の帽子を買うとして、ひとつ平均、三十万円ということになります。
ひとつ三十万円の帽子。

少なくとも1820年代の巴里での帽子、決してお安くはなかったことが、お分りでしょう。

今は、帽子が手頃な、幸福な時代なのです。

おおいに帽子のおしゃれを愉しもうではありませんか。