フェルメール・ベレエの物語 #290

ここでのフェルメールは、オランダの画家、ヨハネス・フェルメールのことです。

ヨハネス・フェルメールは、1632年10月31日。
オランダのデルフトに生まれています。
父の名前は、レイニール・ヤンスゾーン。
母の名前は、ディングヌムだったと伝えられています。

父、レイニールは室内装飾用の絹織物の職人だったという。
その一方で、居酒屋をも経営していた。
この居酒屋の名前が、「飛ぶ狐」。
ここから通称「フォス」。
フォスはオランダ語で「狐」の意味だとか。

1653年4月5日。
フェルメールは、カタリーナ・ボルネスと結婚。

ヨハネス・フェルメールは1675年12月。
アムステルダムで死去。四十七歳でありました。

フェルメールの絵画は当時としては、全体の構図があまりにも精確で、
そのためになんらかの原始的な写真機を用いたのではないか、とも考えられているようです。

フェルメールが1664年頃に描いたと思われる『絵画芸術の寓意』があります。
現在はウイーンの「美術史美術館」所蔵のものです。

この絵には、絵を描いている画家の後ろ姿が描かれています。
おそらく、フェルメール自身でしょう。

ここでのフェルメールは、大きな大きなベレエ帽をかぶっているのです。
いや、たいていの自画像でも、フェルメールは大きな大きなベレエを頭に戴いています。

バスク・ベレエは小型。
ブレトン・ベレエはやや大型。
これはベレエの常識。
でも、フェルメールが愛用したベレエはブレトン・ベレエよりもはるかに大きいのです。

もう、これは「フェルメール・ベレエ」と名づける他ありませんね。