『帽子のオアオア物語』 Vol.4 謎のホンブルグ

謎には、なぞなぞもあれば、ミステリもあります。だいたいにおいて人間は謎を解くのが好きな動物です。
猫や犬が謎解きに夢中になった話は、あまり耳にしません。もし、人が謎に興味をなくしたなら、世界のミステリはどうなってしまうのでしょうか。
つまりは私、ミステリ好きのひとりなのであります。
たとえば、クロフツ。F・W・クロフツ。もちろん、フリーマン・ウイルズ・クロフツのことですね。F・W・クロフツといえば、フレンチ警部であります。事件の謎解きをするのが、フレンチ警部。
フレンチ警部はホームズのような天才型ではなくて、努力型。地味に、コツコツと、推理を積み重ねてゆくタイプ。それもまた、人気の秘密なのでしょう。
クロフツの短篇に、『小包』があります。物語の時代背景としては、1930年代かと思われます。この中に。
「彼は、いつもきまって、ツイードの服を着て、ホンブルグ 帽をかぶっていた。」
という文章が出てきます。「彼」とは、スチュアート・ハスラーなる人物。ハスラーはわけあって、変装することに。
その変装のひとつが、ホンブルグ をボウラーに変えることなのです。これは、実に、名案。
それというのも、ホンブルグ が紳士の帽子であるのに対して、ボウラーは市民の帽子だったからです。
紳士階級の人間が市民階級の人間になるわけですから、変装が成功するわけであります。
これは実に小さいことです。でも、時が経つと忘れてしまいそうなので、ここに書いておきました。

出石尚三
服飾評論家、ファッション・エッセイスト。国際服飾学会会員。主にメンズ・ファッションの記事を執筆。著書も多数。60年代にファッション・デザイナー・小林秀夫の弟子となったのが、メンズ・ファッションの道に入った最初。幼少期からお洒落好き。好きな作家はサマセット・モーム。好きな画家はロートレック。好きな音楽家はショパン。好きな花は薔薇(ばら)。好きな色はピンク。好きな言葉は「夢」「希望」「愛」。昔の服からふっと新しいアイデアを頂くこともある。